第1章「アメ横リズム」


この曲の生い立ちは今からさかのぼること十数年。舞台はアメ横にある「リズム」という小さなレコード屋です。

昭和44年暮れに開店したこの店の主人・小林和彦は、老舗の漬物屋の4人息子のひとりでした。ひょんなことから当時大流行していた8トラカラオケをこの地で販売することになります。

歌謡曲全盛の時代ならではの盛り上がりから、あれよあれよという間に「上野にリズムあり」と評されるレコード店にのし上がりました。それもこれも俗に言う「演歌バカ」の和彦の情熱のなせる業でありました。当時の勢いは、現在の店内に所狭しと飾られている歌手や作家たちとの写真に証明されています。

また、これだ!と思った歌や楽曲は、店頭に並べたスピーカーで休みなくかけ続け、しっかり客を引き寄せて買わせてしまう―そんなこだわりのおかげで大ヒット曲が生まれ、その先に大スターや大作家になった者も数多くいます。
現在も新人だ、新曲だと言ってはレコード会社やプロダクションの関係者が店を訪ねてきます。和彦はいつもでもテープやサンプル盤を店の奥のデッキにヘッドフォンを繋げて丁寧に視聴します。好き嫌いではなく、長年の間で売れる売れないのストレートなコメントをするのです。



第2章「隅田川慕情」

こうしてリズムは歌謡曲の世界でも名の知れたレコード店にのし上がってきました。そして十数年前のある日。和彦が演歌歌手を目指す一人の若者の後押しをしていたことがあります。個性豊かな声質にほれ込み、いてもたってもいられなかったのです。
とはいうもののレコード店の主人の力ではなかなかデビューが決まらない中、ついにあるレコード会社に何とか話をつけることができ、そのころ歌っていた曲を販売してもいいということになりました。しかし、B面の曲がないとリリースできないと言われ、和彦は急遽一緒に店を切り盛りする妻・美恵子に相談し、見よう見まねで曲を作ることにしました。一日中二人で東京の下町・隅田川を歩きながら、ああでもないこうでもないと作り上げたのがこの「隅田川慕情」です。
さて、そんな頑張りのおかげで若者は無事デビューできたものの、(業界の厳しさにさらされてしまい)泣かずとばずでそのうち和彦の下を去っていきました。当時の落胆振りは、苦労を共にした美恵子でさえ声をかけるに忍びない様子でした。それから何年か経ち、店に出入りする関係者の中で「隅田川慕情」が話題に上ることがありました。「決して目新しい曲じゃないけど、こういう夫婦ものの歌がやたらほっとするね」「小林さんの実話だから、ウソのない情が伝わってくるよ」といったふうです。そんなうわさを聞きつけてか、いくつかのレコード会社からレコーディングの依頼が舞い込んできました。そして、島津亜矢さん・歌川二三子さん・嶋三喜夫氏と、それぞれの持ち味を生かした歌唱でアルバムの中に収録されました。
和彦は、思いをこめて作った歌が予想もしない形で世に出ることで当時のさびしい気持ちが癒されているのを感じていました。



第3章「岡千秋氏の恩返し」

一方、演歌歌謡曲しか扱わない頑固なまでの「リズム」の経営状況は年々厳しく迫る日景気風の影響もあり、日増しに悪化してきました。
「最近はウチで商品を尋ねていって、近所の大型店で安く買っていく客がいるんだよ…参っちゃうよね」とぼやくことも多くなりました。
時の流れにはさすがの和彦もいささか元気がなく、「もうこの先、店を続けて行けるかどうかわからないな…」と感じ始めていました。
そんなある日、ガラガラと店の扉を開けて入ってくるみなれた顔がありました。
「社長!元気?」
「おや久しぶり!岡ちゃんじゃないの!」
20年以上の付き合いの作曲家・岡千秋氏である。
「近所まで来たもんだから、ちょっと社長の顔見ていこうと思ってさ」
「嬉しいねぇ。こないだの岡ちゃんのアルバム、全部売れちゃったよ」

と話す和彦店長を見ながら
「ほんと?ありがたいなぁ。でもそのわりに元気がないみたいだけど。具合でも悪いのかい?」
「いやぁ、一昔前みたいにレコードが売れてれば元気でいられるんだけど、そろそろうちもどうなるかなぁ…てね。」
「寂しいこといわないでくれよ。社長が頑張ってくれたからこそ、今の俺たちがあるんだから…そういえば、『隅田川慕情』って、社長が作ったんだって?あれ、なかなかいいじゃない」
「いやいや、お恥ずかしい…おかげさんで何人かの人が歌ってくれたんでね、冥土の土産になるだろうってこいつとも話してたところなのよ」
和彦店長は美恵子に目をやって照れ笑いをました。

「岡先生が歌ってくれたらいいのにね」
と、突然美恵子が口を挟むと

「何バカなこと言ってんだ!そんなことありえないよ、まったくもう…」
和彦はすまなそうな顔をしていいました。
「それ面白いじゃない!やってみようか!」

千秋氏にとっては、自分が歌うことで、世話になった社長への恩返しになるなら…と思ったのです。人情家、岡千秋ならではの思い付きでした。


 
―この後も山あり谷ありだったものの、やはり上野アメ横の「リズム」を応援しようと駆けつけた何人かの人々の力があつまって、いよいよ音が出来上がり、人情演歌師・岡千秋の歌う「隅田川慕情」が完成しました。この出来事はすべて実話です。今でも変わらず元気な「リズム」に、どうぞご来店ください、お待ちしております!

現在テレビ埼玉で9:55〜10:00に放送されている「アメ横リズム歌模様」では、同曲をフルコーラス聴くことができます。こちらも是非見てくださいね!

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